神戸地方裁判所 平成10年(行ウ)46号 判決 2000年8月08日
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告は、原告に対し、別紙物件目録二記載の建物を収去せよ。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 仮執行宣言。
二 被告
(本案前の答弁)
1 本件訴えを却下する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
(本案に対する答弁)
主文同旨。
第二事案の概要等
本件は、三木市長(以下「市長」という。)が、三木市遊技場等及びラブホテルの建築等の規制に関する条例(昭和五九年六月二五日条例第一七号。以下「本件条例」という。)に基づいてパチンコ店の建築について同意を求めた被告に対し、同意をしない旨の決定(以下「本件不同意決定」という。)をしたが、それにもかかわらず、被告が、右パチンコ店(別紙物件目録二記載の建物。以下「本件建物」という。)の建築を開始し、本件条例に基づく市長の同建築工事の中止勧告、中止命令及び原告の申立てによる神戸地方裁判所の建築工事禁止仮処分決定にも反して建築工事を続行したため、市長が被告に対し、本件条例に基づき本件建物の除却を命じたが、被告がそれに従わなかったので、原告が、被告に対し、本件建物の収去を求めた事案である
一 争いのない事実等(証拠を掲げたもの以外は、当事者間に争いがない。)
1 原告は、普通地方公共団体であって、被告(旧商号 有限会社タツミ商事)は、遊技場、飲食店の経営等を目的とする会社である。
2 本件条例は、パチンコ店等を規制対象施設とし、それらの建築、大規模の修繕、大規模の模様替え及び規制対象施設への用途の変更(以下「建築等」という。)について、次のとおり定めている。
(目的)
第一条 この条例は、市内における遊技場等及びラブホテル(以下「規制対象施設」という。)の建築等に対して必要な規制を行うことにより、市民の快適で良好な生活環境及び教育環境の実現と沿道修景の保全を図ることを目的とする。
(届出及び同意)
第三条2 市内において規制対象施設の建築等を行おうとする者(以下「建築主」という。)は、規則の定めるところにより、あらかじめ市長の同意を得なければならない。
(同意の基準)
第四条 市長は、建築主から前条第二項の規定に基づき同意を求められた場合において、建築しようとする規制対象施設が次の各号の一に該当する地域又は区域(以下「規制区域」という。)に位置するときは、同意しないものとする。ただし、その建築が規制区域の生活環境、教育環境及び沿道修景を害するおそれがないと市長が認める場合はこの限りではない。
(1) 都市計画法(昭和四三年法律第一〇〇号)第八条第一項第一号に規定する用途地域のうち第一種低層住居専用地域、第二種低層住居専用地域、第一種中高層住居専用地域、第二種中高層住居専用地域、第一種住居地域、第二種住居地域及び準住居地域並びにこれらの周囲おおむね一〇〇メートル以内の区域
(2) 都市計画法第四三条第一項第六号に規定する土地
(3) 別表に定める施設のうち市長が指定するものの周囲おおむね二〇〇メートル以内の区域
(4) 市長が指定する道路の両側それぞれおおむね一〇〇メートル以内の区域
(5) ラブホテルについては、前各号に定める規制区域のほか、都市計画区域に含まれない区域
(同意を得ていない規制対象施設の建築等の指導)
第六条 市長は、第四条の同意を得ないで規制対象施設の建築等を行っている者及び前条に規定する指導に従わない者に対して必要な勧告を行うことができる。
2 前項の勧告を受けた者は、速やかに当該勧告に従い、必要な措置を講じなければならない。
(中止命令等)
第七条 市長は、建築主が第三条第二項の同意を得ず、又は前条第一項の勧告に従わず、なお規制対象施設を建築しようとするときは、当該規制対象施設の計画の変更若しくは工事の中止を命じ、又は当該規制対象施設の除却その他必要な措置をとることを命ずることができる。
3 被告は、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)において、パチンコ店を建築することを計画し、平成五年一二月三日、市長に対し、本件条例三条二項に基づく同意を求める申請をした。
4 市長は、被告の右申請に対して、三木市規制対象施設建築等審査会の意見を聞き、本件土地は、本件条例四条(3)に規定する別表中(5)から(7)まで及び同条(4)の規制区域であること、近隣住民から多数の反対陳情書が提出されていること等に基づいて不同意が望ましいとする同審査会の答申に沿って、平成七年一二月一四日、本件不同意決定をし、被告にその旨を通知した。
被告は、平成八年二月一日、市長に対し、本件不同意決定に対する異議の申立てをしたが、市長は、同年五月三一日これを棄却する旨の決定をした。
5 被告は、本件土地上に本件建
物を建築するため、平成八年一二月一二日、兵庫県社土木事務所に建築確認申請書を提出し、平成九年六月六日、兵庫県建築主事から建築確認を得た。
被告は、本件建物の建築工事を訴外富士建設工業株式会社に発注し、平成九年九月三日ころから建築工事を開始した。
6 市長は、被告に対し、平成九年九月四日、本件条例六条に基づき、本件建物の建築工事を即刻中止するよう勧告したが、被告は、建築工事を中止しなかった。
さらに、市長は、同月一二日、被告に対し、本件条例七条に基づき、本件建物の建築工事の中止命令を発したが、被告は、建築工事を続行した。
7 原告は、平成九年九月三〇日、被告を債務者として、神戸地方裁判所に本件建物の建築禁止仮処分の申立てを行ったところ(神戸地方裁判所平成九年(ヨ)第四一八号)、同年一一月二六日に同仮処分決定がなされた。
被告は、右仮処分命令に対し異議を申立てたが(神戸地方裁判所平成九年(モ)第一九二七号)、神戸地方裁判所は、平成一〇年九月一〇日、右仮処分決定を認可する旨の決定をした。しかし、被告は、同決定に反して建築工事を続行した。
8 被告は、本件建物につき、兵庫県社土木事務所長に対し、平成九年一一月一〇日、本件建物の建築工事が完了した旨の建築基準法七条一項に基づく工事完了届を提出し、同月一七日、同条二項に基づく検査を受け、同年一二月一二日、同条三項に基づく検査済証の交付を受け、さらに、兵庫県公安委員会の審査を経て、平成一〇年六月二六日、風俗営業許可証の交付を受けた(甲一三、弁論の全趣旨)。被告は、同年七月二八日、本件建物においてパチンコ店を開業するに至った。
9 そこで、市長は、平成一〇年一〇月二三日到達の命令書により、被告に対し、本件条例七条に基づく本件建物の除却命令(以下「本件除却命令」という。)を発し、命令書到達の日から一〇日以内に本件建物の除却工事の計画書を提出するよう求めた。
10 本件建物について、平成一〇年一一月一〇日受付で、同月三日売買を原因とする、被告から訴外Aへの所有権移転登記が経由されている(乙一)。
11 被告は、前記建築工事禁止仮処分申立事件につき、起訴命令の申立てをしたところ(平成一〇年(モ)第一〇八五五号)、神戸地方裁判所は、本案訴訟提起命令を発したため(甲一五)、原告は、平成一〇年一一月六日、前記建築禁止仮処分命令申立事件の本案として本件訴えを提起した。
二 争点
1 被告は、本件訴訟につき被告適格を有するか。
2 本件除却命令は効力を有するか。
三 争点に関する当事者の主張
1 争点1について
(被告の主張)
本件条例七条に規定する除却命令の対象者は、「建築主」とされているところ、これは「所有者たる建築主」を指すと解すべきである。
というのは、所有者でなければ、建物を除却することはできないからである。
被告は、平成一〇年一一月三日、金に対し、本件建物を代金二億円で売却し、既に本件建物の所有者ではないから、本件訴えの被告適格を有しない。
したがって、本件訴えは不適法として却下されるべきである。
2 争点2について
(原告の主張)
(一) 市長は、前記一の経緯により、本件除却命令を発したのであるから、被告は、本件除却命令に従って本件建物を除却する義務がある。
(二) 被告は、規制対象施設の建築が完了した場合には、もはや本件条例七条の規定に基づく除却命令を発することはできない旨主張するが、本件条例七条の規定によれば、市長は、次の(1)及び(2)の二つの場合に除却命令を発することができると解すべきであり、本件除却命令は、その(2)の場合として当然許されるものである。
(1) 「建築主が第三条第二項の同意を得ず、又は前条第一項の勧告に従わず、なお規制対象施設を建築しようとするときは、当該規制対象施設の計画の変更若しくは工事の中止を命」ずる。
(2) 「当該規制対象施設の除却その他必要な措置をとることを命ずる」。
右(1)の場合は、建築しようとするときに、計画の変更あるいは工事の中止を命ずることができると定めており、計画から始まって工事途中における市長の対応方法を規定したものであり、他方、右(2)の場合は、規制対象施設が完成したか否かを問わず、規制対象施設の除却その他必要な措置を命じうることを規定しているのである。
(三) 被告は、本件除却命令の発令は補充の原則に反する旨主張するが、被告が、市長の本件不同意決定、建築工事中止勧告、中止命令等全てを無視して、建築工事を開始・続行したため、原告は、やむなく、建築工事禁止仮処分を申し立て、右仮処分決定を得たにもかかわらず、被告が建築工事を続行し、その後起訴命令の申立てをしたために、本件訴えを提起するに至ったという本件事実経過に照らせば、他に有用な手段はなかったというべきである。
(被告の主張)
(一) 本件除却命令の根拠たる本件条例自体が、建築基準法、都市計画法、憲法二二条一項に違反し、無効であり、また、本件建物建築の同意申請に対する市長の本件不同意決定は、十分な根拠がなく違法であって、無効であり、さらに、本件除却命令は、単に建築工事禁止仮処分を求めただけで他の手段を講ずることなく発令されたものであって、他の手段がない場合にのみ認められるという補充の原則に反し、権利濫用として許されないから、本件除却命令は効力を有しない。
(二) 被告は、前記1のとおり、既に本件建物の所有者ではないから、仮に被告適格を有するとしても、被告に対する本件除却命令は効力を有しない。
(三) 本件建物は、平成九年一一月一〇日に完成し、同月一七日、建築基準法七条二項に基づく検査を受け、同年一二月一二日、同条三項に基づく検査済証が発行され、さらに、兵庫県公安委員会の審査を経て平成一〇年六月二六日には風俗営業許可証の交付も受けている。
本件条例七条は、「市長は、建築主が第三条第二項の同意を得ず、又は前条第一項の勧告に従わず、なお規制対象施設を建築しようとするときは、」と定められているから、同条によって市長が除却命令を発することができるのは、規制対象施設が建築中の場合に限られ、建築が完了した場合は含まれないことが文言上明らかである。
ところで、本件条例と同様に建築物の除却命令について規定している建築基準法九条一項は、「この法律若しくはこれに基づく命令若しくは条例の規定又はこの法律の規定に基づく許可に付した条件に違反した建築物」と規定しているところ、この文言では建物の完成・未完成は問われないが、本件条例の右文言は、建築基準法の文言と明らかに相違している。
したがって、本件条例七条を根拠とする本件除却命令は、効力を有しない。
第三当裁判所の判断
一 まず、被告は、被告適格を有しないから本件訴えは不適法である旨主張するが(争点1)、本件訴えは、被告に対し、本件建物の収去という作為を求める給付の訴えであり、したがって、原告によって給付義務を負うと主張される者が被告適格を有するのであるから、被告の適格に欠けるところはなく、本件訴えをもって不適法とすることはできない。
しかして、原告が被告に対し、本件建物の収去を求める法的根拠は、本件除却命令であるから、本件除却命令が効力を有するか否か(争点2)について、以下検討する。
二1 前記第二の一8の事実によれば、被告は、本件建物につき、兵庫県社土木事務所長に対し、平成九年一一月一〇日、本件建物の建築工事が完了した旨の建築基準法七条一項に基づく工事完了届を提出し、同月一七日、同条二項に基づく検査を受け、同年一二月一二日、同条三項に基づく検査済証の交付を受け、さらに、兵庫県公安委員会の審査を経て、平成一〇年六月二六日、風俗営業許可証の交付を受け、同年七月二八日、本件建物においてパチンコ店を開業した、というのである。
右検査済証の交付は、建築等の工事が完了した建築物及びその敷地が建築関係法規に適合していることを公権的に判断する行為であるから、遅くとも平成九年一二月一二日には本件建物は完成していたとみるのが相当である。
2 前記第二の一9の事実によれば、市長が本件除却命令を発したのは、平成一〇年一〇月二三日であるから、本件建物が完成した後のことであるところ、本件条例七条は、市長が規制対象施設の除却を命ずることができる場合を「建築主が第三条第二項の同意を得ず、又は前条第一項の勧告に従わず、なお規制対象施設を建築しようとするとき」に限定しており、他に、建築が完成した後に規制対象施設の除却を命ずることができる旨を定めた規定はない。
したがって、本件除却命令は、本件条例の規定に基づかないものであって、法的根拠を有しないものであるから、効力を有しないものといわざるを得ない。
3 これに対し、原告は、本件条例七条の規定につき、市長は、次の(1)及び(2)の二つの場合に除却命令を発することができると解すべきであり、本件除却命令は、その(2)の場合として当然許されるものであると主張する。
(1) 「建築主が第三条第二項の同意を得ず、又は前条第一項の勧告に従わず、なお規制対象施設を建築しようとするときは、当該規制対象施設の計画の変更若しくは工事の中止を命」ずる。
(2) 「当該規制対象施設の除却その他必要な措置をとることを命ずる」。
そして、右(1)の場合は、建築しようとするときに、計画の変更あるいは工事の中止を命ずることができると定めており、計画から始まって工事途中における市長の対応方法を規定したものであり、他方、右(2)の場合は、規制対象施設が完成したか否かを問わず、規制対象施設の除却その他必要な措置を命じうることを規定している、というのである。
しかし、本件条例七条は、「市長は…、なお規制対象施設を建築しようとするときは」という文言により計画変更命令若しくは工事中止命令又は除却命令を発することができる場合(要件)を限定しているところ、原告のように右要件部分は計画変更命令及び工事中止命令のみに関するものであるとするのは、その文言からして無理がある。仮に、原告が主張するとおりの解釈とすると、計画変更命令及び工事中止命令を発することができる場合(要件)は定められているのに、除却命令を発することができる場合(要件)はいかなる場合であるのか定められていないことになり、不自然というほかない。
そうすると、原告の右主張は、採用することができない。
第四結論
以上によれば、本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由のないことが明らかであるから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 水野武 裁判官 中村哲 裁判官 今井輝幸)